前書き
江戸川乱歩の「D坂の殺人事件」という推理小説を知っていますか?
知らない?名前くらいは聞いたことがある?
では、明智小五郎は?
その名前なら聞いたことがある!という方は多いのではないでしょうか?
名探偵コナンの登場人物である毛利小五郎の名前の元ネタでもあるので耳馴染みはありますよね。
尤も毛利小五郎と違って明智小五郎はまごうことなき歴とした名探偵です。
その明智小五郎のデビュー作がD坂の殺人事件です。
僕が初めて読んだのは何年か前に書店で手に取った江戸川乱歩傑作選に収録されていたそれでした。
書かれたのがなんたって大正時代ですから読みにくい点もあったのですが、正直夏目漱石や宮沢賢治より読みやすいかなと個人的には思います。
とはいえ、令和のこの時代にそんな古い本なんてなかなか読む気にならないという方も多いですよね。
今回は事実編と推理編に分けて、僕なりに要点をかいつまんで分かりやすくしたあらすじをお届けしたいと思います。
この記事を読めばD坂の殺人事件についてあなたもきっと誰かにお話ししたくなるはずです。
では、行ってみましょう!
事件の始まり
主人公である「私」と明智小五郎はある日カフェでのんびりとコーヒーを飲んでいました。
この時の明智小五郎がどのような人物として描かれているかというと「私」によれば以下の通りです。
彼がどういう経歴の男で、何によって衣食し、何を目的にこの人世を送っているのか、という様なことは一切分らぬけれど、彼が、これという職業を持たぬ一種の遊民であることは確かだ。強いて云えば書生であろうか、だが、書生にしては余程風変りな書生だ。いつか彼が「僕は人間を研究しているんですよ」といったことがあるが、其時私には、それが何を意味するのかよく分らなかった。
D坂の殺人事件より
身も蓋もない言い方をすればニートなのでしょう。
まだ探偵として身を立ててはいません。
彼らがコーヒーを啜りながらしていたことは向いの古本屋で働く美人の人妻をただ眺めるという行為でした。
明智小五郎の言う「僕は人間を研究しているんですよ」とはこういうことなのでしょうか。言い訳がましい。
ところが、この奥さん、古本屋の奥に引っ込んで1時間も姿を見せません。
時代背景は大正時代。監視カメラなどはないので長時間店番をしていないと万引きされてしまいます。
1時間も姿を見せないというのは商売を営む上でかなりリスキーな行為と言えます。
こいつはおかしいぞ、と思った2人はズカズカと店の奥に入っていき、襖を開けます。
この時の彼らの心情は以下の通り。
私はこれが犯罪事件ででもあって呉れれば面白いと思いながらカフェを出た。明智とても同じ思いに違いなかった。彼も少からず興奮しているのだ。
D坂の殺人事件より
不謹慎。
でも、非日常にワクワクする気持ちは共感できますね。
かくして、読者の誰もが想像したとおり、そこには美人の人妻の死体が無惨に転がっていたのでした。
ちなみに江戸川乱歩は自身の作中でやたらと美人を死なせます。そしてそれが彼の性癖。
密室殺人事件!?
さて、人妻の死因は首を絞められたことによる窒息死でした。
着物が膝の上の方までまくれて、股がむき出しになっているという有様でしたが、抵抗した痕跡はありません。
ところが、遺体には沢山の生傷がありました。しかし、これについてはウェイトレスの間で兼ねてから噂されていたのです。
「古本屋のお神さんは、あんな綺麗な人だけれど、裸体になると、身体中傷だらけだ、叩かれたり抓られたりした痕に違いないわ。別に夫婦仲が悪くもない様だのに、おかしいわねえ」すると別の女がそれを受けて喋るのだ。「あの並びの蕎麦屋の旭屋のお神さんだって、よく傷をしているわ。あれもどうも叩かれた傷に違いないわ」
D坂の殺人事件より
「私」と明智小五郎が古本屋の入口から目を離すことはありませんでした。
犯人がそこから出入りしたということはなかったということになります。
他に出入りできるところはなかったのでしょうか?
この家屋には裏口があって路地に続いていました。
そこから人の出入りはできたのですがーー
「今晩八時前後に、この路地を出入したものはないかね」
「一人もありませんので、日が暮れてからこっち、猫の子一匹通りませんので」アイスクリーム屋は却々要領よく答える。
D坂の殺人事件より
アイスクリーム屋が証言するんだから仕方がありません。
二階から屋根伝いに逃げることもできなくはないのですが、表の窓には格子が、裏の窓は出入りはできるものの伝った先の住人が窓全開で涼んでいるのでこれは難しいとのことです。
かくして、ここに密室殺人事件が成立してしまったのです。
出揃う証言
ここで事件の目撃者が2名現れます。
2名とも中にいた古本屋の客で、障子で閉ざされていた現場に目を向けた時に格子の隙間から犯人らしき男の姿を見たというのです。
ところがーー
「見えたのは腰から下ですから、背恰好は一寸分りませんが、着物は黒いものでした」
「その男は確かに白い着物を着ていました。縞も模様もない、真白な着物です」
D坂の殺人事件より
二人の証言に食い違いが生じてしまうんです。果たしてこれはどういうことでしょう?
程なくして、古本屋の主人が帰ってきました。
ぼろぼろと泣き、自分の妻は誰かの恨みを買うような人ではなかったと言います。
主人は密室の外にいましたし、殺人犯として疑うべきところがなかったのですが、被害者の身体の傷のことについて確認しないわけにはいきません。
躊躇しながらも傷は自分がつけたものであると証言しました。
しかし、その理由についてはどうにも歯切れが悪く明白な答えを得られなかったのでした。
閑話休題
さて、ここまででおよその情報は出揃いました。
原作でもここで一旦区切られることになり、推理編へ続きます。
但し、ここまで出た情報のみで密室殺人のトリックを見破るのはハッキリ言って無理です。
この点については僕が一番驚いた、というかツッコミを入れたかったところです。
その内容は次回明かすこととして、ここでは違う視点ーーこのブログを読んでくれている読者という視点から犯人を想像してみてください。
つまり、それは僕が書いたここまでの文章の中で(引用も含む)、犯人像が仄めかされているのです。
不自然に仕込まれたレトリックに気づくことはできたでしょうか?
推理編に進む前にここで江戸川乱歩先生からヒントです。
読者諸君、諸君はこの話を読んで、ポオの「モルグ街の殺人」やドイルの「スペックルド・バンド」を聯想されはしないだろうか。つまり、この殺人事件の犯人は、人間でなくて、オランウータンだとか、印度インドの毒蛇だとかいうような種類のものだと想像されはしないだろうか。私も実はそれを考えたのだ。併し、東京のD坂あたりにそんなものが居るとも思われぬし、第一障子のすき間から、男の姿を見たという証人がある。のみならず、猿類などだったら、足跡の残らぬ筈はなく、又人目にもついた筈だ。そして、死人の頸にあった指の痕も、正に人間のそれだ。蛇がまきついたとて、あんな痕は残らぬ。
D坂の殺人事件より
江戸川乱歩を語るならエロスも忘れてはなりません。
ばうぶっく(@bow3book5wow)さんの人間椅子の感想も併せてどうぞ。
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